毎度毎度のつぶやき


毎日つぶやいている


挨拶が好きである

「挨拶もできない人はどこか欠けている」と 明治生まれの母の教育を受けた。

今のマンションは23年住んでいるが「おはようございます」

朝ならその上「いってらっしゃい」

どんな小さな子供も「ございます」と完成形で覚え、

新入居の親の方も「おはよう」では済なくなる。


うちのドアを開け「ただいま」といい声を出す。

誰もいないけど「家」にご挨拶である。以前は「ルンバ」に挨拶していた

夜中のテレショップで気の迷いで買った格安の自動掃除機

帰ったらいつも働いてくれていた
       元々24時に設定されていた

ルンバとの蜜月は長くは続かなかった

夏はひんやり、冬はあたたかな本物の(と自分では思ってる)の絨毯が一枚だけあった

ある日その房を全部齧られているのを発見、

「絨毯は房が値打ちである」と自分では思っている

その日から彼はひやめしを食い監督下でなくては働けなくなった。

充電切れで転がっていても私は冷たい。



飲みに行くことがある 割とある 以前はもっとあった

「こんばんは」で入り、カウンターなら席について改めてもう一度ご挨拶、

毎晩いるお局様に「こんばんわ」「入ってきはった時に言いましたで」

どうしてその手間であっさり「こんばんは」と言えないの、

あの方のお母様は明治生まれじゃないんだ(その人とは同い年だけど・・・・・)


男の無口

私は男は無口というだけで一つの値打ちだと思っている

母は「あほか」でもいう人の方がいいという

そう言えば父は無口だった 

父はすべて「あんにゃろ」と「うんにゃろ」で済ませていた

必然的に夫婦喧嘩は母が牛耳っていた

喋るということは無能ではできない と思っている

大阪の男は よく喋るが優しい。

要するに男は喋ろうが喋ろまいが聡明で心が広い






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